2016年08月19日 11:42

企業家ミュージアム ★メールマガジン★ 第83号

>>2016年8月5日(金)発行<<

みなさん、こんにちは。

今回の「企業家ミュージアム メールマガジン」は、毎日新聞月曜日夕刊に
2012年4月9日から2014年1月27日まで掲載していた、企業家の名言や
座右の銘をコンパクトにまとめた『大阪の道標』の第38回です。
ミュージアムで紹介している企業家たちの珠玉の名言、座右の銘をお楽しみくださ
い!

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 ★今月の名言!(第38回)★

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 私は象冠印と銘打って努力を続けてきた。誠心誠意で生き抜いていけば、
 どんな困難も打開できると信じている。
  
  市川銀三郎(いちかわぎんざぶろう)象印マホービン創業者
                      (1897~1952)
   
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大正初めに始まった魔法瓶の製造は、当時ガラス工業の中心地だった大阪で盛んと
なり、魔法瓶の90%は輸出された。

1918(大正7)年、電球加工職人の弟、金三郎(当時17歳)はこの魔法瓶に
夢を描き、兄の銀三郎(同20歳)が後押しをし、市川家は一家をあげて愛知の農
村から大阪に移ってきた。

2人は市川兄弟商会(現・象印マホービン)を創設し、二重ガラスの中を真空にす
る「中瓶」の製造を請け負った。保温に直結する魔法瓶の要の部品で、ある社の専
属だったので仕事は常にある。しかし、発展もない。兄弟は創業5年目に自ら魔法
瓶を組み立て、華僑商人を通じて中国へ輸出するまでになった。

魔法瓶メーカーは当時、海外でもどこの会社の製品か一目でわかるよう商標をつけ
輸出をした。市川兄弟商会は、おとなしくて頭がよく、子どもに人気がある象が冠
をかぶった商標に決め、人気を博した。

しかし、取引先が倒産したり、輸出先で欧州製品に押されたり、弟・金三郎が真空
管に挑戦するために独立するなど幾多の苦難に出合った。その中でも銀三郎の魔法
瓶づくりの情熱は衰えることはなく、常に創意と挑戦の気概をもって、苦難を乗り
越えていった。

                                 <毎日新聞 2013年6月3日 夕刊>

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市川銀三郎については、企業家ミュージアム<第2ブロック:モノを通じて生活の
近代化をもたらす>生活を彩る新しい工夫とモノづくりに挑んだ挑戦者たちのお一
人として展示しています。

 ▼大阪企業家ミュージアムで展示している企業家についてはこちら。
  http://www.kigyoka.jp/exh/ent/index.html

(ご参考)市川銀三郎ゆかりのミュージアム
     <まほうびん記念館>
      https://www.zojirushi.co.jp/corp/kinenkan/
      〒530-8511
      大阪市北区天満1丁目20番5号
      (象印マホービン株式会社 本社1F)
     
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■編集後記■

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

象印マホービン本社の1階にある「まほうびん記念館」は、魔法瓶の変遷が一目で
わかる楽しい展示があります。
一度は没になった提案が、何年か後に新製品になって登場している様子もわかりま
す。こうした展示を見ていると、没になったアイデアも大切。可能か不可能かでは
なく、新しいことを考えることが大切なんだと気づかされます。

大阪企業家ミュージアムの展示も、常設展示の内容は変わりませんが、見方を変え
れば様々なことへの気づきにつながると思います。お一人で、会社の仲間と、ご家
族で、ぜひ、何度でもご来館下さい!

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投稿者 museum | 2016年08月19日 11:42