㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2013年11月号より
  •  2020年の東京オリンピック開催が決定しました。夢や希望を持ちにくい今日この頃の日本ですが、久し振りに、明るい明日が私たちの前に待ち受けている気がします。昔を思い出しました。忘れもしません。昭和39年10月、東京オリンピックが開催されました。東京開催に決まった時、私は青春真っ只中。夢の舞台が待ち構えていると思うと、感動で身震いいたしました。経済の高度成長期にある日本を象徴するオリンピックでした。東京開催は世界から日本が認知されている証拠だと感動したものです。伸び盛りの日本。自分はその中で生きている。日の出の勢いのこの国と、先の長い自分の人生を重ね合わせてみたものです。身近にある東京オリンピック。「よし、俺はオリンピックに出る」。九州の片田舎の高校生は単純に夢を見たのでした。そして大学に入ると躊躇なく運動部に入り、熱中しました。
  •  後に体育の日になった10月10日、東京オリンピックの開会式でした。私は当時大学生で、同じように学生アルバイト斡旋所から来たもう1人のさる私大の学生と、京都の吉田山にある豪邸の引越しの力仕事をしていました。教科書にも出てくる財閥と同じ名前の主でした。テレビの画面の澄み切った青空は鮮明に覚えております。聖火台への階段を駆け上がる均整の取れた体躯の若者。その家の主は優しい母娘でした。荷造りの仕事の休憩を告げ、広いリビングルームで一緒に開会式の画面を喰い入るように見ました。しかしそれは、気持ちの上で複雑極まりないものでした。
  •  私はエイトの選手でした。私の大学はボート界ではAクラスでしたから東京オリンピック出場も夢ではなく、ここは体育でも存在感を示そうと野心を持った連中がボート部に入ってきて、精進を重ねました。だが、日本漕艇協会は東京の大学から選手を選抜して、エイトを編成しました。なぜ、関西の学生も選抜の対象としないのか。自分にはその資格はないかもしれないが、関西にも全日本級の優秀な選手がいる。それなのに、関東の大学だけを対象に選抜したことは、スポーツにあるまじき不公正、不公平だと私は抗議しました。「君の正義感はわかる。だが、オリンピックには必勝を期して史上最強のクルーをつくらなければならない。それには、大学単位ではなく編成クルー。そして練習環境を考えると、同一地域からの選抜が望ましい」 日本漕艇協会は、そう弁明しました。ただ、妥協して選抜クルーへの挑戦を認めてくれました。しかし、選りすぐりのボートマンからなる編成クルーは猛練習に明け暮れ、日本漕艇史上、最強のクルーにまとまっていました。挑戦クルーは敗退しました。選抜クルーの強さには納得しました。だが、何か割り切れないものが残りました。割り切れぬ思いで、青く澄み切った晴天の秋空の下で繰り広げられる東京オリンピックの開会式の画面を複雑な気持ちで眺めていたものです。東京だけが、日本。京都、大阪は地方。編成クルーは東京で、地方は挑戦クルー。わだかまりを引きずって、今日まで生きてきたように思います。
  •  2020年の東京オリンピックはどうでしょうか。56年前と同じ東京での開催です。開催決定の翌日、マスコミは、ただでさえ大混雑している東京の道路や鉄道のインフラ投資計画があることを発表していました。成田と羽田の空港整備と発着枠拡大についても報じておりました。開催を円滑に運ぶために欠かせない具体策として異論はありません。だが、さらなる目配りが必要ではないでしょうか。東京オリンピックの開催を成功させ、その恩恵を全国に及ぼすという大きな志を持った深謀遠慮の目配りです。ひとつはオリンピック開催により東京一極集中に拍車を掛けることは避けたいからです。東京には世界から、日本各地から人が集まるでしょう。そこでマストラの整備拡充が必要になりますが、今度はそれが逆に人を集中させる呼び水になりかねません。その結果、非効率な大都市、非人間的な東京として烙印を押されはしまいか。前回と異なり成熟社会を迎えている日本ですから、猛々しさより落ち着いたオリンピック、若さより大人のオリンピックを開催して、先進国開催の意義を世界中に知らしめたいものであります。ここは人の集中の危険や人の移動、食事など生活の非効率の発生を回避することを優先すべきです。集中より分散を模索することです。そこで成田と並ぶ国際ハブ空港である関西国際空港の役割に期待です。成田と違って関空は24時間空港です。その優位性を生かして、関空からも入国してもらおうとの発想があって然るべきではありませんか。成田、羽田の首都圏空港への集中よりも関空活用による人の分散化は、東京オリンピックが西と東という国土の均衡にひとつの大きな役割を果たすことにもなります。関空経由によって、ピーチ航空や九州新幹線、鳥取自動車道など地方都市との間の既存交通ネットワークを生かせば、ローカル色豊かな日本の長所をこの国のみならず、世界の人々に知らしめることになります。
  •  おもてなし。オリンピック招致のスピーチでで滝川クリステルがフランス語で訴えた「おもてなし」が実に印象的でした。その日本の文化は、東京より地方都市にこそ豊かに根付いている、と声を大にしたいのであります。それを理解してもらうのが日本開催のオリンピック。それはまた、私たち日本人が過疎化の進捗によって衰退しつつある地方に目を向ける機会にもなるのであります。東京だけが日本。地方は挑戦。開催時56年前と同じ構図のオリンピックでは困ります。2020年の東京オリンピックは、実は今日的なテーマを抱えている大会だと認識したいものであります。(東京開催決定の翌日記す)

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2013年11月号より掲載開始。)