平2014年4月7日(月) 京都大学法学部入学式における講演会
「自国の文化を語れる若者たれ」
「講演会で稲畑勝太郎氏の言葉を紹介する佐藤会頭」
ボートについてお話しましたので、最後にもう少しお話しします。本日もそうですが、紹介される時、京都大学法学部卒業とか京阪電気鉄道株式会社社長とか、形式的な肩書で紹介されます。
しかし、マスコミの人物紹介では、大学時代はエイトの選手として活躍したとか、ボートで鍛えた頑健な体力とか、となるのですが、大義を大切にしているのは法学部で学んだからだとか、理屈をこねて仕事を進めるのは法学部に在籍したからだといった紹介は皆目、ありません。でも、それで良いのです。自分は放牧、法学部風の学生時代だったことを誇りに思っています。
では最後に稲畑勝太郎の言葉を紹介して話を終わります。
ベトナムの中部、海に開けたところにフエという都市があります。室町時代から江戸時代の初めまで日本との交易が活発に行われていたのですが、鎖国になって途絶えました。明治になり再び交易が復活、フエには多くの日本人が住み、溌剌たる意気を示したとのことです。昭和2年、稲畑勝太郎はこのフエで、こう日本の青年に向けて、こう語り掛けました。
覚めよわが有為の青年よ
そしてもっと眼をもっと大きく見開くがよい
常夏の海の涯にも
白雲の生じる山の陰にも
卿等の新しい世界が待っているではないか。
どうです。この年寄りでも奮い立つ呼びかけです。私がまだ若い証拠でしょうか。皆さんはどうでしょうか。
ご静聴、ありがとう。