佐藤会頭の眼~講演録
Chairman’s Eye with you

2015年7月6日(月) 大阪大学豊中キャンパス

「ひらパーから関西を考える」


 今後のひらパーはどうなっていくのか。少子高齢化が進展し、入場者数の増加は多くを期待できないとみるべきです。どうすれば良いのでしょうか。

そのヒントとなるのが、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)です。皆さん方は巨大なテーマパークと思っていると思いますが、実はUSJの経営者は事業としてはテーマパークだとは考えていません。どうみているのでしょう。巨大な小売業だと認識しております。夢を売る部分ではテーマパークでしょうが、それでは事業として成立いたしません。USJの中はグッズを売る店あり、レストランありです。全部直営です。その巨額の売り上げが経営を支えています。入場を促す作戦も、クリスマス商戦、ゴールデンウイーク商戦といったように、小売業と同じではないかと推察しています。ここに隠されたひらパー存続と発展の鍵があると思います。

枚方公園は地の利に優れています。淀川が前に流れ、河川公園が整備されております。落語の三十石船に出てくる鍵屋もあります。京都、大阪の中間に位置して、陸路、鉄路、水路に恵まれています。枚方全体がテーマパークで、その中にひらパーがある、という大きな視点と発想が問われていると考えております。

それにまた、地方創生の切り口になるかもしれません。内外交流拠点の機能を果たす潜在力もあると思います。菊人形展のあった頃は秋興行の入場者数が年間で抜きん出ておりましたが、現在は冬季です。秋季は少ない。菊人形展依存型でなくなっていることも、ひらパー運営に自由度があるということです。USJ成功の企画力に学ぶことが大切です。

以上、ひらパーの長い歴史の中の断片を拾い出し、その置かれた時代状況との関係についてお話ししました。経営とは時代状況に如何に適応できるかということですが、私鉄他社が遊園事業から撤退した中、当社のように(遊園地が)生き延びる道を選択したことが果たして正しいかったかどうかは、まだ結論が出ておりません。ただ、江戸、明治の初めに単なる見世物だった菊人形を芸術性のある菊人形展に発展させた先人の心意気、努力を思う時、その文化の香りと共に後世に継承発展させるべきだとの思いも強くいたします。では、そのあり方をどうすれば良いのか、私もまだ解答を見いだせておりません。

皆さん方も一つひらパーをつぶさに観察して、今後の果たすべき役割を考えていただきたいと思います。本日は生きた経済を学ぶ教材をお示しした積もりです。いずれまたローカル文化について、菊人形展を切り口として皆さんと語り合う機会が来ることを期待して、終わります。いつもなら、質疑応答の時間をタップリ設けるのですが、本日は少なくなってしまいました。お許しください。

(以 上)