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IV.各種調査結果・議論

1.中東欧8カ国現地調査結果(海外投融資情報財団)
2.EU拡大に関するアンケート調査結果(PricewaterhouseCoopers)
3.本研究会での議論


1.中東欧8カ国現地調査結果(海外投融資情報財団)

 同財団は、国際協力銀行の委託事業として2003年9〜11月に2回にわけ、中東欧8ヶ国(チェコ、ハンガリー、ポーランド、スロバキア、スロベニア、ルーマニア、ブルガリアおよびクロアチア)の投資環境について現地調査を行い、研究会でその報告を行った。現地での訪問先は、現地政府機関、進出日系企業、金融機関、ジェトロなどの調査機関、日本大使館である。その概要は次の通り。

(1)全般的評価
1-中東欧諸国の魅力
地理的立地条件が良い(西欧に近く、今後期待される有望市場のロシア、ウクライナにも近い。トルコなどの中東にも近い)。
比較的教育水準が高く、質の良い労働力がある(教育水準はアジアの発展途上国と比べると高い)。
労働力は西欧と比べて安価である。
工業国であったという歴史的なバックグラウンドが存在する。
治安が良い。
2-中東欧諸国の課題
行政手続きが煩雑である。
行政面で不透明さ・不徹底さ(担当者によって対応が異なる)がみられる。
法規の改正・変更が多く、行政機構末端へ不徹底であることが多い。
西欧と比べると、インフラ整備が遅れている。
管理職・エンジニアの確保に問題がある。とりわけ、特定の国・地域ではかなり難しい。
労働者の欠勤率が高い(チェコ、スロバキアなど。社会主義時代の名残である)。
行政手続きや商取引において不透明な慣行がまだ残っている(例えば、縁故の活用など)。
3-EU加盟による影響
アキ・コミュノテールの受け入れ義務により、経済・社会制度面でEUとのレベル統一が進む。
インフラ整備が進む(Pan-European Transport Corridors構想により、10ルートが検討されている。EUからの出資もあり、今後スピードアップが期待される)。
通関がなくなることにより、物流・流通の迅速化が図られる。
関税率が低下する(EU関税の適用により、一般的には加盟前の税率より低くなる)。
投資インセンティブについても、EU基準への平準化が進む。
労働コストが上昇する(数年後には中東欧諸国の労働コストはEU並みにまで上昇する可能性がある。ただ、ポルトガルやスペイン、ギリシャでは加盟後の人件費がそれほど上がっていないこともあり、予測は困難である)。
4-日系企業の進出状況
ジェトロの調査(在欧州・トルコ日系製造業の経営実態〜2002年度調査〜)によると、製造業が111社進出(2002年末現在)しているが、ポーランド、チェコ、ハンガリーに95社も進出するなど、この3ヶ国に集中している。1989年から2002年の累計ではハンガリーが最多の45件となっている。なお、業種別にみると、輸送用機器・同部品製造が53社に達している。トヨタの進出が契機となっている。また、電機・電子がこれに次いでいる。

(2)国別投資環境評価

1:チェコ
  (プラス面)
インフラは比較的整備されている。また、西欧マーケットに近く、立地条件は良好である。
優れた工業国であったことから、質の高い労働力が存在する。一方、賃金水準は低い。
投資支援体制が手厚い。例えば、投資誘致機関としてのチェコインベストは人員体制、予算面でも手厚く、その評価は高い。
住環境が良好である。日本駐在員が多いプラハ周辺には日本食レストランもあり、ドイツ、ウィーンに近く、同市の住環境の評価は高い。
  (マイナス面)
労働者クラスの欠勤率が高い。すなわち、有給休暇とは別に病欠をとるなどにより、常時15%の従業員が休んでいることもある。その背景には、社会保障制度で保護されており、従業員は休んでも生活に困らないという点がある。日本企業は、皆勤手当あるいはボーナスの引き上げなどの対応策をとっている。
日本企業の進出が増えるにつれて、管理職・エンジニアの確保が困難になりつつある。ただ、ワーカークラスについては、比較的容易である。
許認可手続きに時間がかかる。
法改正が頻繁であり、それが行政機構へ徹底されていないこともある。
日本人はヨーロッパ人に比べてビザが取得しにくい。

2:ハンガリー
  (プラス面)
早くから外資に開放的な政策を採用してきた。
インフラは比較的整備されている。
かつて優れた工業国であったことなどから、労働力の質が高い。
労働慣行は穏やかであり、労働争議等はない。
住環境も良好である。
  (マイナス面)
中東欧諸国のなかで、最も急速に労働コストが上昇しつつある。また、早くから外資導入に熱心であったため、中東欧諸国のなかで、エンジニア、中間管理職の賃金が最も高く、確保も難しい。
許認可手続きに時間がかかる。
投資インセンティブの申請から実際に認可されるまで、長期間を要する。
地方政府が管理する工業団地の整備は遅れている。また、その整備水準は国際水準に満たない

3:ポーランド
  (プラス面)
労働力の質は高く、欠勤率は低い。また、賃金の上昇率も低い。人口が多く、失業率が高いことから買い手市場となっているためである。このため、労働組合問題は少ない。
中東欧諸国中、最大の国土面積と人口を有するなど、国内市場が大きい。
対日感情が良い。
  (マイナス面)
法改正が頻繁であり、行政機構へ徹底されていないことがある。また、官庁組織が複雑であり、許認可の窓口がわかりづらい。
輸送インフラの整備が不十分である。地方に進出する日系企業が多いため、道路が整備されていないことによる不便がある。
行政がビジネスに介入することがある。
日系企業の進出が多いチェコやハンガリーに近い南部の発展が遅れており、これら地方では住環境や子弟の教育環境が十分ではない。

4:スロバキア
  (プラス面)
他の中東欧諸国と比べると、賃金水準が低い。一方、優れた工業国であったことから、労働力の質は高い。
地理的立地の良さ
住環境が良好である。とりわけ首都ブラチスラヴァ周辺の住環境が良く、ウィーンまで陸路で1〜2時間である。
  (マイナス面)
労働者クラスの欠勤率が高い。また、管理職・エンジニアの確保に問題がある。
許認可手続きに時間を要する。
インフラ整備が地理的に偏っている。
国内市場が小さい。
ビザ取得が困難である。

5:スロベニア
  (プラス面)
政治が安定しており、マクロ経済環境も良好である。その結果、人口200万人程度の小国ながら、一人当たりのGDPは西欧並みの水準を誇っている。
教育レベルが高い。
輸送インフラが良く、高速道路が発達している。また、コパ港という良港が存在する。現在は、ハンブルク、ロッテルダムからチェコへという北回りが一般的だが、地中海→アドリア海ルートができるとスロベニアを含む周辺国が発展すると考えられている。
  (マイナス面)
中東欧では賃金水準が高い。従って、製造拠点よりR&Dなどの高付加価値分野の投資先とみられている。
行政手続きが複雑である。

6:ブルガリア
  (プラス面)
経済成長が堅調であるうえ、政治的に安定しており、事業環境が改善しつつある。
安価で優秀な労働力が存在する。とりわけ、コンピューター能力の高い人材が多い。
労働争議問題はない。
  (マイナス面)
他の中東欧諸国に比べると、輸送インフラ整備が不十分である。
投資インセンティブは高失業地域での法人税免除のみである。インセンティブによって外資を誘致しようとしていない。
行政手続きが煩雑であり、許認可取得に時間を要する。
法改正が頻繁である。

7:ルーマニア
  (プラス面)
大きな国内市場を有する(人口は2,000万人と中東欧諸国のなかではポーランドに次ぐ規模)。このため、豊富で安価な労働力が存在する。
コンピューターソフトの技術力が高く、ITソフトウェアに強い。2003年6月にマイクロソフトがルーマニア企業の開発したソフトを購入したという事例がある。数学オリンピックでも上位を占めている。
  (マイナス面)
ビジネス環境の整備が不十分(貿易手続きなど)である。インフラもまだ不十分といえる。
法改正が頻繁であり、行政機構への徹底されないことがある。
商慣行が不透明であり、ネポチズム(縁故主義)の問題がある。

8:クロアチア
*旧ユーゴの中で内戦にまきこまれ大きな痛手を受けている。他国と単純に比較することは困難
  (プラス面)
質の高い労働力(技術系の水準の高さ、語学力の高さ)が存在し、西欧に比べて賃金が安い。
アドリア海にリエカという良港が存在する。このため、物流ルートとして期待できる。
  (マイナス面)
旧ユーゴ内では相対的にみると、賃金水準は高い。
輸送インフラの整備は不十分である。
国内市場が小さい。

(3)その他の問題
1-教育
ウィーン、プラハ、ブタペスト、ワルシャワ、クラコフなどの都市には日本人学校がある。また、これら都市から少し離れている地域では、子女を現地校に通わせ、週末に補修校に通うことになる。
ワルシャワには日本人学校も日本食レストランもある。従って、家族をワルシャワに残し、駐在員本人のみポーランドの地方に赴任するというケースもある。
2-中小・中堅企業の進出
取引先が進出している国を進出先候補として検討する中小企業が多い。
上記のような制約がなければ、日系企業が既に進出し、ある程度の集積している国を候補とすることが中小企業にとっては無難であろう。中小・中堅企業は一般的に情報量も人材も少なく、文化的にも異なる旧社会主義の国に進出するのは容易なことではないからである。さらに、中東欧諸国の政府のサービスはそれほどよくなく、設立の手順もていねいには教えてもらえないことも考慮に入れるべき点である。すなわち、日系企業が既に進出している国であれば、その企業の事例を参考にできるであろう。
3-言語
英語が中心。中間管理職やエンジニアは英語ができることが採用条件となっている。彼等は英語ができないワーカーとの仲介役になるため、中間管理職の役割は重要である。
4-進出済日系企業のEU拡大に対する考え
現在の西欧に進出しているメーカーの中には中東欧へのシフトを真剣に検討しているところがある。例えば、ポルトガルに1980年代に工場を設立した日系企業で、コストが上昇したため、ルーマニア、ウクライナ、スロバキアへのシフトを行ったケースもある。ただ、西欧の拠点を完全に閉鎖してしまうのは政治的に難しいため、R&Dセンターなど、何かの拠点を残す日本企業が多いようである。



2.EU拡大に関するアンケート調査結果(PricewaterhouseCoopers)

 EU拡大に対する取り組み状況について、2003年、PricewaterhouseCoopers社はアンケート調査を行った。その概要は次の通りである。なお、同社はホームページに「EU Enlargement」というページを設け、EU拡大の過程や新規加盟国の情報、関連イベントの案内など、EU拡大に関する各種情報を適時に掲載している。
(URL: http://www.pwc.com/extweb/service.nsf/docid/69035105919FADAB80256D1E002EC49A

(1)調査方法
 EU内の企業主要100社のEU関連業務における責任者を対象とした(日系企業は含まれていない)。実施期間は、2003年4月15日〜5月6日まで、電話等によるヒアリングにより調査した。

(2)回答結果
◆回答者の大多数(89%)がEU拡大は自社に影響があると回答。
EU拡大への対応準備期間:
  2002年に準備開始・・・23%
  2003年から開始、または開始予定・・・63%
  現時点では何もしていない・・・若干
EU拡大にともなう会社組織(構造)変更のための特定予算:
  特定予算がある・・・14%
  10万ユーロ以上・・・25%
  5万〜10万ユーロ・・・25%
  5万ユーロ以下・・・40%
準備プロセスの実施方法:
  独自タスクフォースを活用・・・41%
  社外コンサルタントを活用・・・15%
  自社のプロジェクトマネージャーが対応・・・11%
  社外のプロジェクトマネージャーを活用・・・7%
  その他・・・25%

◆拡大の影響
間接税、貿易、競争力の分野で大きい(所得税や人材面では小さい)。
新規加盟国と貿易取引を行っている企業が見込んでいるEU拡大の影響:
(4段階評価 1:低 4:高)
  自社の構造を変える必要性・・・分野によって異なる
  物流インフラ、流通プロセスの分野・・・中程度(2.3および2.1)
  契約、下請け契約、第三者による商品流通、製造、フラットな販売組織を持っている
(代理店など)分野・・・低い(2以下)

◆企業組織構造・意思決定の評価
回答者の大多数(89%)がEU拡大は自社に影響があると答えているにもかかわらず、企業組織構造や意思決定プロセスを見直す必要性が増すと感じているのは34%だけである。
見直しが必要である分野:(4段階評価 1:低 4:高)
  納税義務・・・・・・2.6
  会計・報告・・・・・・2.5
  ITシステム・・・・2.4
  セールス・・・・・・・・2.2
  購買・・・・・・・・2.1
  人事関連・・・・・・・・1.7

◆これらの点を要約すると、次のようになる。
EU拡大がビジネスに与える主な影響としては、間接税、国際税、従業員の社会保障、製品保証、IT関係が重要である。従って、企業の関心事項は、間接税、VATの問題、ITシステムの変更、会社の組織(構造)変更に集約されると思われる。
拡大の影響については細部が明確ではないため、業種によって対応も違う。しかし、今から何らかの対応をしておくべきとしている。
中東欧諸国とビジネス上何らかの関わりを持っている企業でも、今回のEU拡大に対応を進めている企業と、楽観的に構えている企業がある。
今後、中東欧諸国とのビジネスを始めようとしている企業については、加盟後のビジネスチャンスだけでなく、関税、社会保険料などの事務的な負担についても理解しておくべきである。




3.本研究会での議論

 ここでは、本研究会において議論された点のうち、重要と思われるものに限定して、その概要を紹介したい。

【1】 従業員・労働者
 中東欧諸国と現EU諸国との間で賃金水準に大きな差が存在する。ただ、中東欧諸国の人口は中国ほど大きくないので、現在のようなペースで進出が続けば、いずれ賃金が上昇してしまう可能性がある。この点は進出に当って十分注意をしておく必要があろう。また、しばしば海外事業で問題となるジョブ・ホッピングであるが、求人が増加している大都市では、問題となりつつある。ただ、地方都市では、求人数が限定されていること、もともと地元志向の人が多く、より高給な職を求めて他地域へ移住するということが少ないため、未だ深刻な状況にはない。問題は、中間管理職クラス、エンジニア・クラスであり、車による通勤が可能であることから、転職をするケースがみられる。

 また、言語の問題も進出に当って注意をしておくべき点であろう。中間管理職クラス、エンジニア・クラスは英語を理解するが、一般労働者は英語を理解しないことも多い。ルーマニアを除き中東欧諸国では、むしろドイツ語の方が通じるようである。また、英語ができる従業員・労働者は他社に引き抜かれることもある。ただ、中東欧諸国はいずれも英語教育に力を入れており、早晩、若者を中心に英語能力は高まりつつある。もし、一層の英語能力強化を図るとすれば、自社で英語教育を支援することもやむをえないかもしれない。
【2】 資金面
 中東欧諸国では、金融制度が十分に整備されているとはいえない。また、実際に機能している金融機関はEUの銀行がほとんどである。日系企業としては、融通がきくなどの点から日系金融機関と取引を行いたいが、日系金融機関が進出することは望み薄である。いずれ金融制度の整備が進んでいくとは思われるが、EU金融機関との取引を中心とせざるをえないであろう。
【3】 税制・投資優遇措置
 一般的にいうと、税に関する決定は各国の主権に属することであり、有害な租税競争を回避するという点は別としても、EUが決定すべきことではない。すなわち、基本的にはEU内で税率格差が残ることになる。ただ、高税率国には企業が進出しづらくなること、逆に、高税率国から企業が流出することが考えられることなどから、自ずと税率は一定レベルに収斂する可能性が強い。従って、現在、高税率国だからといって、いつまでも税率が高いままであるとはいえない点には注意を要しよう。

 一方、投資優遇措置であるが、問題はEUの競争政策との関係である。既に進出済みの企業にとってみると、享受しているインセンティブが低下する可能性もある。ただ、これから進出しようとする企業にとってみると、上でみたように、各国の優遇措置は既に欧州委員会競争総局の了解を得ている可能性が高く、今後も維持されるものとみられる。
いずれにせよ、進出する場合、前提としていた優遇措置が維持されるか否かは極めて重要であり、事前に担当官庁に十分確かめておく必要があろう。
【4】 拡大への対応
 EU加盟によって、現EU諸国との貿易障壁が軽減されることから、物流面・基準認証面などで変化が生じることになる。勿論、中東欧諸国は既にEUと自由貿易協定を締結していることから、2004年5月から劇的に変化するものではないが、加盟の影響は次第に顕在化するであろう。

 拡大への対応は、いくつかの段階が考えられる。書類あるいはコンピューターなどの実務的な対応から、最終的には製造・研究開発・統括部門などの拠点の再配置に至る段階までである。そのうち、EU企業は既に様々な対策を実施しており、最終段階にまで達した企業も存在する。これに対して、日系企業は対応が遅れ気味という印象を受けている。

 こうした対策を策定する際、やはり何を目的に進出するのか、安い賃金なのか、将来の所得増による市場拡大なのか、あるいは、進出済みEU企業と競合する際に何が自社の強みなのかを、当然のことではあるが、もう一度、整理しながら投資機会を検討する必要があろう。





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2004.3.29更新

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