㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2013年12月号より
  •  今年一番の流行語は、誰が何と言おうともアベノミクスです。でも、普通の流行語とは違います。流行語はその名の通りで、一定期間を過ぎると賞味期限が切れて廃れてしまうものですが、アベノミクスには、持続性において流行語らしからぬものがあります。あれは徒花だったのか、とまだ言われていないところに値打ちがあります。だが、いつまでも流行語であっては、やがて色あせます。言霊と言うように、言葉には霊が宿ってこそ、人を動かす力があるもの。アベノミクスから霊が逃げ抜け殻とならないように、来たる年は国家成長戦略が目に見える形で実行に移されることを期待しましょう。
  •  国の成長戦略である日本再興戦略で示されている訪日観光客の目標数は、2030年3000万人です。今年はというと1000万人です。対前年比較では毎月2ケタ増の好調さを維持していますから、今年はきっと目標を達成することでしょうが、今後は、目標数値は達成に向けての具体的な努力によって成し遂げられるべきです。来たる年以降はまず、政府は各都道府県ごとに期待する目標数値を示すべきです。官は民の力をもっと生かすべきです。閉めてみれば数値目標が達成されていたということだけは避けたいものです。以上のような主張を機会あるたびにしておりましたところ、政府観光庁の有能な幹部が反応してくれました。今年のインバウンド数1000万人達成には、関西で161万人の宿泊実現への取り組みをお願いしたいと言うのです。泥縄式ではありますが、その反応と計算の速さには敬意を表します。次は年内に来年の期待数値を弾いていただきたいものです。JALやANAさんの増便や新規航空便の実現へとつながることでしょう。
  •  足下の関西に目を転じます。年初めになっても中国からの観光客は激減したままで、関西の観光はどうなるのか、と心配したものです。筆者の会社でも大阪、京都を中心にホテルを経営していますが、東日本大震災に始まり中国、韓国との外交問題の拗れなどで、ホテル利用客の減少に見舞われてきました。ところが良くしたもので、今春からASEAN諸国からのお客さまが増えております。毎月、私は会社のホテルの宿泊客構成を丹念に見ていますが、春先から、変化の芽に気付きました。中国からの来日が減った分だけ、着実にタイ、インドネシア、マレーシアなどからお客さまをお迎えしているのです。中国頼りのままだと、こういう変化には目を向けることがないでしょうから、皮肉なことですが、ここは中国に感謝しなければなりません。
  •  最近また、変化の芽を見付けました。大阪城の近くにあるホテルですが、欧米系のお客さまの宿泊が見られるようになりました。観光目的地は、大阪城、天神橋筋商店街などの市内観光の他に奈良観光や京都観光もあります。商店街が旅のコースというのは大変興味深いことです。私たちは既成観念に縛られることなくお客さまのニーズの把握に努めなければ、需要側と供給側との間にギャップが生じることがあるということを教えられます。観光事業に携わる者は、いつもお客さまに教えられているという謙虚さを持つことが大事です。また、大阪を起点に奈良など他都市に出掛けている旅行者がいるというのは、鉄道のネットワークが形成されている関西ならではの強みということでしょう。来年はこの強みをもっと生かしていきたいものです。すでに鉄道のネットワークの強みは発揮されているという人がいるかもしれませんが、連絡案内のパンフレットや各交通機関の外国語表記など、反省すべきことは山ほどあり、強みを発揮させているとは言い難いと思います。
  •  来年の関西の期待の星は、USJ(ユニバーサル・スタジオ ・ジャパン)でお披露目されるハリーポッターのテーマパークです。入場者数の目標は1200万人。関西以外からのお客さまの来園が圧倒的に多いと会社側は予想しています。昨年は980万人でしたから、1200万人という予想数字は控え目だったという嬉しい結果になるように思います。また、会社側では関西以外のお客さまが80%を越すと見ています。ハリーポッターのテーマパークはアメリカ本国に続いて大阪が2番目となる開設ですから、アジアはじめ外国からのお客さまを数多くお迎えすることとなるでしょう。当然大阪市内の宿泊施設の部屋数では対応できず、奈良、和歌山など近接県への広がりが出てくるのではないでしょうか。このチャンスを生かすべきです。
  •  嬉しいニュースはまだあります。大手旅行会社によるワンパターンのツアーとは正反対の手づくり企画を得意とする某団体が北陸、山陰の日本海の食、物産、宿そして人情をメニューにして中国料理界幹部の皆さんに提供して好評を博してきたのですが、尖閣諸島問題で途絶えていました。11月初旬にその某団体が北京、上海を訪問。ツアー再開のムードが一気に高まり、近いうちに和歌山もルートに入れた日本海ツアーが再開されることになりました。知り尽くしたゴールデンルートにはない日本の魅力が、再開を促したといえます。USJも北陸・山陰ツアーも、独自に企画した打って出る仕掛によるものです。観光はお仕着せではなく手づくりで行なうこと。そう教えられます。これはまた、お・も・て・な・しに通じるのですが、次回に「おもてなし」論を展開してみたいと考えております。
  • 「手づくり観光」。流行語にはならなくても、新しい年のキャッチフレーズにいたしましょう。
  •  師走にあたり、本年の反省と来たる年への期待を述べてみました。「去年今年 貫く棒の 如きもの 高浜虚子」。皆様には年末年始の繁忙期を迎えられ、お正月は少し先のことでしょうが、来たる年のご繁栄とご健勝をお祈り申し上げます。

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2013年12月号より掲載開始。)