2009年6月 8日

第6回 伊藤忠中国総合研究所(その1)

中国ビジネス元気印!第6回は、伊藤忠中国総合研究所関西代表の大月秀夫さんにお話を伺いました。

大月さんは1970年に伊藤忠商事に入社、一貫して繊維畑を歩まれました。シンガポール南洋大学での中国語研修を皮切りに、海外駐在はジャカルタ、北京、香港、上海、通算27年にのぼります。2007年には上海市政府から経済発展に貢献したとして上海白玉蘭記念賞を授与された、まさに「中国通」です。

のっぽパンダ:
 大月さんは中国通と伺っていましたが、インドネシアにもおられたのですね。

大月:
 1978年にアジア・ジャカルタ事務所に赴任しましたが、インドネシアでは華僑が経済の大部分を握っているので、当時、取引先の80%が中国系、15%がインド系、5%がインドネシア系といった具合で、ほとんど中国語で商売をしていました。
 ジャカルタ駐在の後、1980年に上海へ赴任したのですが、当時、日本人駐在員はまだまだ少なく、日本人学校の生徒は10人足らず。父兄が修学旅行の引率に行ったり、総領事公邸で運動会が開かれたりと、駐在員同士の関係が近かったように思います。

のっぽ:
 今では上海に長期滞在する日本人は約5万人、出張や旅行などの短期滞在も含めれば10万人を超えると言われているのと比べると、隔世の感がありますね。

大月:
 この30年の中国の経済発展はめざましいですし、その分、日本の経済界における中国の重要性は高まり、大きく変わったところも確かにありますが、中国あるいは中国の人について言えば、本質的なところは変わっていないと思います。昔に比べれば、自由に生きることができる世の中になったから、中国の人たちの「表現」の仕方が変わっただけではないかと思っています。

(つづく)

投稿者 panda | 2009年6月 8日 09:12


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