若宮商工稲荷神社の由来

大阪商工会議所ビル(大阪市中央区本町橋2−8)南隣りにある若宮商工稲荷神社は、 大阪商工会議所初代会頭の五代友厚が大阪の商工業発展を祈念して奉祀した「商工稲荷神社」が、 大阪商工会議所の移転に伴って堂島から現在の内本町へ移されることとなり、 昭和40(1965)年9月に移転先である内本町の建設用地内にあった「若宮稲荷神社」の ご神体と合祀され、新たに建立されたものです。

以来、現在に至るまで大阪商工会議所歴代の会頭をはじめ多数の方々がご参拝されており、 地元商工業関係者の方々はもとより、地域住民のみなさんにも鎮守として親しまれ、 広くご参拝をいただいています。
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○「若宮稲荷神社」の由来
  • 「若宮稲荷神社」は、天正11(1583)年、豊臣秀吉が大坂城築城にあたって奉祀し、加護を祈願したのが始まりとされています。
  • また、江戸時代にはこの地に西町奉行所が設けられ、同神社は一般庶民にも広く崇敬されるようになり、明治27(1894)年には府立大阪博物場の鎮守神として永世奉祀されることになりました。

    写真は、移転前の若宮稲荷神社。


○「商工稲荷神社」の由来
  • 大阪商工会議所初代会頭の五代友厚は信仰心に厚く、当時武家階級をはじめ大阪商人からも崇敬の念を集めていた船場淀屋橋の御霊神社 に、大阪の商工業発展のため商工稲荷祭の神事の挙行を求めたのが、「商工稲荷神社」の縁起とされています。
  • おそらく、五代が会頭であった明治12年1月に現在の中央区高麓橋三丁目(三菱東京UFJ銀行大阪営業部あたり)に、当時の大阪商法会議所事務所を新築していることから、その頃に奉祀されたものと思われます。その後、事務所は明治24年3月に北区堂島浜(現在のNTTテレパーク堂島付近)に移転しますが、同神社も同じく移転されました。

    写真は、移転前の商工稲荷神社。



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