神社境内のご案内

若宮商工稲荷神社境内のご案内です。
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○境内参道
  • 境内参道両側の苔生す植え込みにはヒラドツツジやカイズカ、マキ、サツキなどの木々が茂り、瀟洒な鎮守の森の趣を漂わせています。
  • 参道の傍らには手水舎や狛犬、行燈、石碑などが配置され、夜には本殿両側にある行燈に灯りがともされ、昼間のビジネス街の喧騒がうそのように、幻想的で風雅な情景が浮かび上がります。


○本殿
  • 神社境内の一番奥に鎮座する本殿は、昭和43(1968)年に大阪商工会議所ビルの建築と共に新たに建立されたものです。
  • 瀟洒な佇まいの本殿は、御霊神社神職のご指導により設計された本格建築の社殿です。火災に備えた鉄筋コンクリート造りの社殿で、社殿内には「商工稲荷」と「若宮稲荷」のご神体が並んで祀られています。

○狛犬
  • 「若宮稲荷神社」の時代からこの地にあり、地域を見守ってきた狛犬です。
  • 一般に神社の狛犬は、角のない獅子像と角のある狛犬像とで一対になっていますが、当神社には両方とも獅子型の像が配置されています。
  • 神社に向かって右側の狛犬は開いた口の中に勾玉があり、台座には巻物が彫刻されていることから、商売・知識・学問の神を守護するものといわれています。また、台座には瓢箪の彫刻もあしらわれており、商売繁盛を祈願する稲荷神社ならではの狛犬といえます。
  • 向かって左側の狛犬は、子供の狛犬を抱く珍しいもので、「若宮稲荷神社」が安産祈願、家内繁栄の対象でもあったことを伺わせています。


○若宮稲荷社重修記(記念碑)
  • 神社境内の灯籠横には、「若宮稲荷神社」の縁起を記す「若宮稲荷社重修記」があり、昭和12(1937)年4月、大阪府知事名で概ね以下のような趣旨の文言が記されています。(個人名等は割愛しています)
  • 『豊臣秀吉が大坂築城にあたって豊受大神(とようけのおおかみ)並びに火闌降命(ほすそりのみこと)を奉祀して水土の加護を祈願した。幾何もなく豊臣氏滅んでその祭祀途絶えたが、後に徳川氏が西町奉行所を置いた。火闌降天神社は火災で湮滅したが、稲荷社は一般の崇敬いよいよ篤きを加え、明治維新の時を経てかわらず、明治18年構内庭園改修の時一時他に移転したが、同27年府立大阪博物場の鎮守神として永世奉祀すべき旨府知事より指令された。これにおいて有志等が相謀って社殿を修復し祭具、石華表等を寄進した。昭和9年松屋町筋道路拡張に伴い社宇を重修し、また神域を拡張した。』

○若宮商工稲荷祭(非公開)
  • 堂島の旧大阪商工会議所ビル時代から、毎年5月の午(うま)の日に商工稲荷祭が挙行されており、現在地への移転後も「若宮商工稲荷祭」として祭礼が続けられています。
  • 祭礼では、初代会頭五代友厚にならって御霊神社 から神職をお迎えし、祝詞の奏上や雅楽の奉奏、巫女神楽などが行われ、大阪商工会議所会頭ほか会議所関係者や「若宮稲荷神社」の関連団体である敬神会のご代表、地元町会関係者ら出席者による玉串奉奠などの儀式が行われています。
  • 稲荷祭そのものは、上記関係者のみによる非公開の儀式となっていますが、同祭礼の日程はこのホームページでもご案内しますので、霊験あらたかな儀式終了後のご参拝は自由に行っていただけます




○お正月
  • お正月には新しい注連縄に鏡餅などもお供えし、幟をたてた華やかなお正月の装いで、地元商工業者や地域住民などの参拝者をお迎えしています。


○その他
  • 毎月、若宮稲荷神社の縁起に因んだ15日、大阪商工会議所初代会頭である五代友厚の命日(明治18(1885)年9月25日)に因んだ25日、(いずれも土日・休日等の場合は前後複数日)には、幟をたてて神社を晴れやかに装い、地元商工業者や地域住民などの参拝者をお迎えしています。


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