㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2014年6月号より
  • 最終回 「受容力」が問われる
  •  観光都市というと、誰しもすぐ京都をイメージするのが普通です。名刹が多く日本の文化が凝縮している京都の魅力は日本の中で抜きん出ており、私事で恐縮ですが、学生時代京都にいた私にとっても、ずっと京都は心のふるさとです。世界でも、富士山と並んで日本を代表する観光の名所として京都の人気が高いのも納得です。でも、訪日外国人の都道府県別訪問率(日本旅行業協会調べ。2011年)をみると、意外にも京都は第3位。第1位は東京の52.7%、次は大阪で24.5%。京都は17.3%となっております。外国人が宿泊する都道府県別ランキングでも、外国人日本観光白書(2007)によれば東京720万人、大阪244万人までは理解できるとして、次は北海道186万人で京都は6位の92万人です。
  •  京都が日本一の観光都市というのが世間の常識ですが、常識のウソというのは言い過ぎだとしても、私たちは先入観にとらわれてはならないことを教えてくれます。さらに自覚しなければならないのは、観光をすべて京都におんぶに抱っこしてはならないということです。日本各地に根付いている日本の文化。自信を持って地元の文化をアピールしましょう。意外な京都の外国人訪問者数、宿泊数ですが、観光のポイントは神社仏閣、庭園のみにあらず、ショッピングとかエンターテインメント、その土地の料理など文化、近年はこれらに加えて、産業ツアー、医療ツアーといった新しい形態、そして国際会議や見本市の開催が観光への大きな波及効果をもたらしています。東京、大阪が集客力で強いのは、これら都市の魅力を発揮できるからです。
  •  また、宿泊施設のキャパシティ、つまり宿泊需要に応えられるルーム数があるかどうか。実は、これが観光都市を考える場合の重要な要件なのです。おそらく京都の外国人宿泊数が6位なのは、宿泊需要に対する供給不足が一因なのではないかと考えられます。需給はシーズンに左右されます。トップシーズンの需要数に応じられる客室数を設ければ、オフシーズンには供給過剰。逆にオフシーズン対応だと、トップシーズンには供給不足。そこで経営の効率が考えられ、トップシーズンとオフシーズンを計りにかけてホテル側の供給量が決まります。京阪グループの京都のホテル稼働率はシーズンを問わず高く安定的に推移しておりますが、これが古都の魅力とキャパを有効に生かしている京都市内ホテル一般の傾向だと思います。しかし、当然悩み深い問題でもあります。トップシーズンには満室となって、お客さまをお断りする場合があります。感心しない表現ですが、いわゆる売り逃しとなります。でも、ここは気持ちを大きくお大尽気分で。大阪など周辺都市が需要に応えております。
  •  東京、大阪は年中、大きな需要ボリュームがあります。きっと、ショッピング、エンターテインメント、ビジネスの都市としての強みが発揮されているからでしょう。ホテルの客室稼働は大きなボリュームを基礎にして供給責任を果たそうとしますから、京都に比べ客室稼働率は多少の季節変動が生じることになります。だが、これも都市が膨張しておりますから、やがて稼働率の変動は高いところで落ち着いていくことでしょう。でも大阪の場合、今夏、USJにハリーポッターのアトラクションが開業です。市内のホテルは客室不足になるでしょう。急な需要の発生には供給がおっつきませんから、それはそれで周辺都市への好ましい波及効果が生まれて、大阪もお大尽気分が味わえます。すべてキャパシティが引き起こす現象です。
  •  今秋、全国商工会議所観光振興大会が別府で開催される予定です。一度に1500人が別府入りです。さて、その足が問題です。関西からは鉄路、空路、航路の移動手段がありますが、別府は九州新幹線の沿線ではなく、鉄路では乗り換えの不便が伴います。せっかちな人には、所要時間が気になります。では、空路。機材が小さいのが難点です。一度に運ぶ人数は70人くらい。瀬戸内海航路はどうでしょうか。大型フェリーですからキャパは大きい。ただ、時間がかかります。夕刻に大阪港で乗船して別府港には翌朝。寸暇を惜しむ生活のリズムの人には、我慢できないでしょう。どうすればいいのか、キャパシティ。移動は一次、二次、三次希望の選択で別府に集まることにしても、シーズンで観光客が多いでしょうから1500人がいっときに集まると、宿泊先があるのかどうか。宿泊も移動手段も、キャパシティの点で心配だらけです。
  •  私が本誌を愛読して会社の事業計画に役立てていたのは、30年前のことです。今、改めて本誌を読み「ホテル旅館」という名前に興味を抱いています。日頃の宿泊はホテルですが、この3月に別府に行き、旅館に宿泊してから旅館ファンになりつつあります。旅館といっても、部屋はホテル。帳場はフロント、女将が総支配人。これぞ、まさしくホテル旅館、あるいは旅館ホテルです。ホテルと旅館の融合による業態です。キャパシティとは受容力ですから、日本の旅館の旅館ホテルへの変身は、旅館の受容力、つまり器の大きさを物語るものです。旅館ホテルには女将がいて、日本式おもてなしの接遇があり、ホテルにはない居心地の良さを味わえます。それなら女将の魅力で、お客に昔懐かしい修学旅行の雑魚寝メニューを喜んで受け入れてもらえることはできないのか、別府には旅館ホテルが多く、いっときの1500人の宿泊は可能かもしれない、と思ってしまいます。そして、別府入りも瀬戸内海クルーズ。大広間の船室を借り切ってフォーラムを開催、懇親会は瀬戸内海の珍味の数々で怪気炎。前夜祭風に仕立てて行事を消化したあとは、大勢で雑魚寝。少年時代に戻れるのです。問題は、個室に慣れた生活から大部屋の集団世界に戻れるものかどうか。今度は私たちのキャパ、受容力が問われます。やはり、空路でのチャーター便に落ち着くのでしょうか。

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2014年6月号より掲載開始。)