㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2014年3月号より
  • 第十三回 「耕す文化」を守る香港と日本
  •  新年早々香港に行き、香港貿易発展局と大阪商工会議所との間でMOU(Memorandum of Understanding:了解覚書)を結んできました。香港はスゴイ。何度も行っておりますが、今回改めてそう思いました。問題意識を持っての訪問だったからです。問題意識があれば、見えないものも見えてくるものです。形に隠れている事情が見えてくるということです。貿易発展局のほかに、発展局主催の金融フォーラムに参加し、キャセイ航空本社、ハロー校などを訪問しました。キャセイ航空、貿易発展局では「今年の大阪の魅力は、USJにハリーポッターのテーマパークがオープンすることと、大阪城の大坂の陣400年、アベノハルカスのオープンなど目白押しです」と話題に出しました。私の勤める会社はUSJの目の前で2つのホテルを経営しており、台湾、韓国に続いて第3位が香港からのお客さまです。USJの人気の程がおわかりのことと思います。これに備えて、キャセイ航空は2月から関西―香港線を1便増便して1日5便としましたが、供給不足回避のためのさらなる増便と関空経由の北米路線の就航をお願いしました。前向きな返事をいただいたので言うわけではありませんが、キャセイ航空の機内の「おもてなし」は超一級です。これも形の背後にある目に見えないものを見たとの思いですが、本稿では和食について申し上げます。
  •  和食がユネスコの無形文化遺産に登録されました。和食というと京料理のことだと思っている人が多いと思います。京料理の形のみを見て、日本料理といえば京料理、京料理といえば和食、と思いがちになるのはやむを得ないところです。香港のある寿司割烹店に入って驚きました。出された寿司は江戸前風の本格派。経営者は日本人だろうと聞いてみますと、香港人。寿司職人も日本人ではありません。熱燗を注文すると布巾で覆った桶が出てきて、布巾を取ると徳利が心地よさそうに湯船に浸かっていました。最後まで熱燗のままお呑みいただきたいとの心配りと、見た目の演出に感嘆しました。和食の本家本元の日本でも、これほどの心配りの店を経験したことがありません。そのうち「和食を味わいたければ香港だ」となるのではないでしょうか。和食が文化遺産に登録されたなんて喜んでいる場合ではないだろう、と日本に向かって言いたくなりました。
  •  和牛も和食として香港で人気でした。私たち関西人は神戸牛がある、近江牛がある、とブランドを誇りにします。残念ながら香港ではこれらのブランド牛はレストランに浸透しておりません。
  •  ブランドも、デリバリー、市場調査、輸出入の検査窓口の設置など形に見えないところでの細かい地道な活動と熾烈な競争に打ち勝つ努力があってこそ、支持されるものであります。これもブランドの背後の事情。見通すことが肝要です。神戸牛、近江牛が香港で食べられるようになることを念じております。
  •  ついでに申しますが、和食も割烹、料亭の料理だと思っては本質を見失います。和食とはローカルの文化のことです。私たちの先輩は、「カルチャー」を訳して「文化」としました。「カルチャー」には「耕す」と言う意味がありますから「耕す」は「文化」であります。その土地、土地を耕して、たとえば浪速野菜があり京野菜があります。それぞれの海を耕せば、越前がに、松葉がにとなります。近江には鮒すしという独特の味があります。ローカルにはその土地ならではの食文化が発達していて、全体を称して和食と言いたいものです。そのローカルの食文化に惹きつけられて、政冷経熱の分別も通用しない昨今ですが、近々中国からのお客さまが鳥取、和歌山にやってまいります。信頼関係のある旧知の人が引率いたしますが、太平洋側の食文化に慣れた人達に、日本海側の食文化は実に新鮮なようです。どうしてもっと早く教えてくれなかったのだ、とさえ言われています。今回、和歌山は初めての訪問です。クエもありますから、日本の食文化の多彩さに、また驚くことでしょう。
  •  香港の訪問先で最初、話題にしたのですが、二度と口にしなくなったことが2つあります。1つは訪日外国人観光客数です。昨年、日本を訪問する外国人客は初めて1000万人を超えました。大阪は東京に次いでその26%。ところが、香港はインバウンド数が4800万人というのです。これで、二度と1000万という数字は出せなくなりました。もう1つ。アベノハルカスの60階からの眺望を売り込んでおりましたところ、ふと視界に入った窓の外の超高層ビル。聞けば118階だと言うではありませんか。大きさについて、何も言えなくなりました。
  •  形もあり、加えて耕している香港。訪問をそう総括して、空港に向かう前の貿易発展局主催の昼食会に臨んだのですが、国立循環器病研究センター発行の『かるしおレシピ』の本を披露しますと、これが大人気でした。「かるしお料理」とは、1食の塩分使用量を平均の半分、2gでつくる美味しい料理。そのコツを食材と共にレシピにした、見た目も楽しい本が、昨年25万部のベストセラーとなりました。年末に『続 かるしおレシピ』が出るほどの人気ですが、今回香港人も注目するところとなりました。和、洋、中が美味しくいただける「かるしお」レシピの味付けは、和食から。これこそ和食レシピとして世界的ベストセラーになるやもしれません。「是非、中国語に翻訳して出してください。香港でもベストセラーになるでしょう」と香港の皆さんから助言がありました。帰国間際になって、耕す文化の時代の食の本家本元の本領発揮です。

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2014年3月号より掲載開始。)