関西とく論(2013年10月24日付 日刊工業新聞24面) 「下」
  • 「素朴な‘おもてなし’に学べ~マニュアル突き抜けよ」
  • 格別の意味
  • 五輪招致のプレゼンテーション。滝川クリステルさんが優雅な手ぶりで「お・も・て・な・し」と、語りかけたことで、おもてなしは格別の意味を持つことになった。おもてなしを英訳すればホスピタリティだが、彼女はホスピタリティを使わなかった。おもてなしにはホスピタリティでは伝わらない意味深長な含みがあるからだろう。
  •  おもてなしの定義は難しい。3、4年前、中国の外交官から日本のおもてなしを中国に持って来て下さい、と言われた。彼は大阪の地下街をおもてなしの代表格と考えているらしく、中国の都市にも地下街がほしいという。駅に接続した冷暖房完備の快適空間は、雨天もスモッグも心配ない。身の回り品や高級ファッション、レストラン、書店もある。彼は日本のおもてなしの象徴として、そんな地下街を挙げたのだ。
  •  誰もが普通に思うおもてなしは、接遇する側の心配りのことだろう。ファストフードなどに入ると、どこも画一的な接客サービスであることに気付く。ハンコを押したような「いらっしゃいませ」や「お待たせしました」。マニュアルに基づいた丁寧語の使用を基本に、お辞儀などの作法を加えておもてなしの形を作り上げている。顧客にいんぎんにかしこまることをもって「おもてなし」としている。
  •  ただマニュアル通りに接遇すると、いんぎん無礼に陥る場合がある。ホテルでは、お客さまの要望とか小言に対して、「申し訳ございません」と断る。事を荒らげないためであろうが、そこに心がこもっていないと、お客様目線のつもりでも、自己都合のいんぎん無礼な拒絶となる。いんぎん無礼は論外だが、いんぎんにかしこまることにとどまっていても良くない。それは接遇側のリスク管理にすぎない。マニュアルを突き抜けることも必要だ。
  • お客さま目線
  •  著名ホテルでのこと。寝酒にラウンジでバーボンウイスキーを頼んだ。バーボンにはビーフジャーキーと決めているから、ジャーキーも注文したところ、「申し訳ございません」と丁重に断られた。メニューにないものを注文した私が悪い。研修生の若い女性がいたので、悪戯好きの私は性懲りもなくまた聞いてみた。すると研修生は「買ってまいります」の一言。これこそ本当のお客さま目線だ。素人が接遇のプロを越えた瞬間だった。まさにこれが「お・も・て・な・し」なのだ。
  • 大きな満足
  •  これもある有名なホテルの事例。ステーキハウスの入り口の右側は焼き肉、左手がステーキだ。私はステーキの方で好物のミノを注文した。シェフは少しちゅうちょしたものの焼いてくれた。悪ノリして追加すると、「他のお客さまがまねをされますので」と柔らかな「申し訳ございません」が返ってきた。お客さまには既に格別のサービスをいたしております、と言外に言われているように感じられ降参した。マニュアルを突き抜けた臨機応変な接遇が、顧客に大きな満足をもたらす。
  •  「お・も・て・な・し」は難しい。ここは素人の素朴な「おもてなし」に学ぶことだ。素人らしく、親切にすれば良い。人情こそ、コミュニケーションの基本だ。素人の素朴な「おもてなし」は、まだ日本の地方に残っている。日本各地には素朴な人情の人たちがいる。東京オリンピックを成功させるなら、もっと地方から学びたい。