㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2013年7月号より
  •  第5回 「格安」とは何か
  •  20年近く続いている日本のデフレですが、安倍政権はデフレからの脱却をめざして、まず日銀と協調した超金融緩和により円安と株価上昇を現実のものとしました。アベノミクス効果により国内に明るい気分が充満するところとなり、景気は気からという言い回しは本当だ、とみんなが思うようになりました。高級腕時計など高額商品が売れている背景にあるのは、まさに気です。その後6月には成長戦略も策定され、アベノミクスは気分だけのものではなく、本物をめざして実体経済を強くする歩みを始めました。2年以内に2%の物価上昇率という目標もあります。やっと、長い間のデフレという価格の縮減傾向にストップがかかるのでしょうか。
  •  安ければ安いほうが良い。20年もの間、経済のパイが大きくならない日本の中で、消費者はそういう価値観を身につけてきました。日本経済を支えている中小企業は、コストアップを吸収するために涙ぐましい企業努力を強いられてきました。個人だってそうです。給料水準は低いまま、切り詰めた生活で日々をしのいできました。激安というチラシ広告のうたい文句をよく見かけます。長いデフレ時代の申し子みたいな言葉です。激安の宣伝で顧客を引きつけ、低価格競争に打ち勝とうというわけです。格安という言葉もあります。格別に安いという意味で使われているようです。デフレから脱却し、物価上昇率2%が現実になり、経済の成長戦略が効果を発揮するようになると、激安や格安は死語になっていくのでしょうか。
  •  ここは皆さんと一緒に考えてみましょう。ピーチアビエーションは関西国際空港を拠点とするLCCです。Low Cost Carrierの頭文字を取ってLCCと呼んでいますが、日本語では格安航空会社と訳されています。確かに格安航空というだけあって、運賃はべらぼうに安いのです。LCCを選択した人は、全日空や日本航空を利用するよりもはるかに低廉な運賃の魅力に引きつけられたに違いありません。ここでも考えてみたいのです。もし中小企業が担い手となって日本経済が力強く復活し、サラリーマンの賃金が上がればどうなるかということです。LCCより全日空や日本航空を選ぶことになるのでしょうか。興味深いことではありませんか。そこで、さらにもっと考えてみたいのです。LCCとはローコストキャリアです。つまり低いコストで運航する航空会社のことです。運賃が格別に安いという意味はないのですから、LCCに格安航空会社という日本語を当てるのはまちがいだと言えないでしょうか。でもピーチアビエーションの場合、LCCを格安航空と訳したのはどなたかは知りませんが、私は名翻訳だと感心してしまうのです。関空を拠点にあの独特の色使いの機体のピーチが就航して1年数ヵ月が過ぎましたが、国内にも海外にもネットワークが拡充し、6月末には、機材9機で利用者は240万人を超える見込みとのこと。8月には10機となり、利用人員はさらに増えるでしょう。
  •  ピーチアビエーションの井上社長に聞きました。やはり、格安だから人気なのですか、と。井上社長の返答は明確でした。「ピーチは所要時間4時間のアジアに特化していますが、アジアの人は決して値段ではなく品質に重きを置いております。関西を拠点にして成功しているのも、そのアジアにもっとも近い関空であることと、関西人の安くて良いものを選ぶ気質にお応えしているからです」 安いだけでは顧客支持は得られない。井上社長はそう言っています。それでは格安とは? 井上社長の発言からうかがえるのは、品質が良い、安くて良いものということです。もうおわかりでしょう。格安とは「格の割に安いもの」ということです。格安の本来の意味はそういうことです。それではピーチの格、品質とは何でしょうか。それは、欠航率1%を実現していることです。値段が安いから、いざ空港に行っても搭乗できないのは仕方ない。そう思われてしまってはいわゆる格安航空ですが、安くても空港に行けば確かに乗れるとなれば、そこに信頼性が生まれます搭乗率は、現在75%。信頼度の高さが表れています。井上社長の発言は続きます。「ピーチは、新幹線や航空機をご利用されているお客さまではないお客さまにも、ご利用いただいております。新たな需要を掘り起こしているということです」
  •  航空会社はきめ細かいサービスを次々と創り出して、顧客満足に訴えてきました。その結果、過剰ではないかと思われるほどにサービスは膨れ上がりました。今度は、削って削って最小限のサービスにまで削り落として、あとは顧客の要望にお任せすればよい。その発想で業務の効率化を図り、LCCは低廉な運賃を実現しました。ただし、安全、安心への顧客の信頼は裏切らない。デフレ時代だけでなく、脱却後も通用する価値観でしょう。あるいは物価が上昇すれば、その価値は増すことになるかもしれません。5月の末、長崎で関西と九州との交流会が開かれ出席しましたが、私は行きは大手の航空機、帰りはピーチを利用しました。そこで感想です。運賃は高くても、それにふさわしいサービスがあればよろしい。安い運賃で確かな信頼性や安全が約束されるなら、それで充分だ。そして結論です。供給側は格の割に安い、あるいは格にふさわしい商品サービスを追求すべきであって、断じて格高は許されません。このように、「格」は意味深長です。いずれ、「場の格」をテーマに持論を展開するつもりです。

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2013年7月号より掲載開始。)