㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2013年4月号より
  •  第二回 文化財保護法に魂を入れる
  •  百花咲き乱れる春となりました。冬来りなば春遠からじ。昔から日本人はそういう言い方で、春の来るのを心待ちしてきました。この季節、入学あるいは入社という通過行事を通して若者が前途への夢を膨らませるように、人、動物、植物すべて生きとし生けるものが勢い盛んな時です。陽気には勝てません。家にじっとしておれず、外に出た人で街も賑わいます。野山も賑わいます。すべてがイキイキ。さあ、観光シーズンの始まりです。
  •  4月1日、大阪府と大阪市が立ち上げた大阪観光局が活動開始。インバウンドの数値目標が示されました。推計で2012年に大阪に来た外国人旅行者は212万人だったそうですが、これを2020年に650万人に増やす計画です。観光局長には香港政府観光局で活躍した人に白羽の矢が。結果を出してもらうために、ノルマと評価の仕組みが設けられました。
  •  「観光にはストロングイメージが必要です。ロンドン、ニューヨーク、パリにはそれがあります。しかし、大阪にはありません」そう死刑宣告みたいに言ったのは、アメリカはオレゴン州ポートランド市のアズマノトラベルのCEO兼社長です。今年2月、私は大阪商工会議所の関空北米線利用促進調査団の団長としてシアトル、ポートランドに行き、冬の魅力を探ってまいりました。「ビジネスがまず先行し、それから観光です」「ポートランドには何があるか。それは治安と空気です。そこで、日本からの教育旅行に力を入れてきました。やがて結婚して、そのお子様もポートランドに来るでしょう」長い年月の苦労の末に成功した人の言葉です。すべてに戦略性と含蓄がありました。また、ポートランドと日本との橋渡しには、プロゴルファーの岡本綾子など著名人が5、6名、親善大使として活躍したことについても触れ、友好促進のあり方について参考になりました。
  •  「大阪に観光局ですって。それはすばらしい。情報の一元化が大切です」 これはシアトルの観光局のNo.2の言葉。あとで聞いたところでは、局長から手腕を期待されて就任した辣腕の女性のようですが、終始笑顔の大和撫子風です。それもそのはず、お母さんは日本人だそうです。大阪には春場所に大相撲があります、文楽もあります。これらはアメリカの人に受けるでしょうか、と聞くと、「もちろんです。大相撲は主人が大好きです。文楽もアメリカ人はよく知っています」 心強い答えでした。シアトルはコンサートやオペラが盛んで、特にオペラはシアトルがブロードウェイへの登竜門になっているそうです。ビル・ゲイツが育ち、スタバやノードストロームの発祥地のシアトルです。ボーイング社の工場もあります。教育レベル、所得水準が高く、文化を育む土壌があるということです。アジア、ヨーロッパに近く、事業をグローバルに展開できる地の利もあります。
  •  大いに刺激を受け、私は帰りの飛行機の中で「大阪がストロングイメージを発信できるものとは何だろうか」と考えました。そして、すぐに大阪城を思い浮かべました。大阪を代表する建造物です。しかし、日本通のでもあるポートランドの旅行会社のトップは、大阪の強いイメージとして挙げてはいませんでした。なぜなのか。考えました。情報発信力がおそらく弱いのだろうと思いました。しかし、何か腑に落ちません。大阪城は大阪の代表選手として、パンフレットなどでふんだんに紹介されています。大阪城を知らない人は少ないはずです。帰国してからも考えました。調査してやっと答えがわかりました。調査によると、大阪城での旅行者の滞在時間は1時間以内が半数近くです。中でも、天守閣をバックに写真だけ撮って30分以内で立ち去る人が多いのです。さらに驚いたことですが、初めて訪問したという日本人の割合が64%もあるではありませんか。
  •  答えは簡単でした。訴求するものが形としてあったとしても、そこに中身がなければ、人の心をとらえることはできないということです。初めて大阪城を訪れた日本人の割合が高いのは、宣伝にこれ努めたからだと素直に喜びましょう。しかし、リピート率の低さは、もう一度行ってみたい魅力がないから、と言わざるをえません。それは滞在時間の短さに表れています。大阪城の魅力に奥行きと深さがあれば、そそくさと立ち去ることはありません。天下の名城の大阪城です。城内も広大です。半日いたって退屈しない、というふうにあったらと思う次第です。大阪城は文化財保護法に守られています。文化財保護法を目の敵にするつもりはありませんが、法律で縛って手付かずのままにするだけが保護ではありません。活用、利用を通して貴重な文化財であることを皆で認識することも考えるべきです。それが生きた文化財というものです。城内に劇場はできないものでしょうか。本格的な施設でなくても良いと思います。雨天順延を避けることができれば良いのです。さらにホテルやレストランがあれば、くつろぎの空間になることでしょう。ミュージアムショップもあったら……。このように大阪城を身近に感じ取られるような工夫をすることで、歴史や文化を学ぶことができれば、文化財保護法に魂を入れることになるのではないでしょうか。観光の分野にも規制緩和が必要です。

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2013年4月号より掲載開始。)