㈱柴田書店『月刊ホテル旅館』寄稿コラム 2013年3月号より
  •  今月から本誌の大型コラム執筆を担当することになりました佐藤茂雄と申します。いつも初対面の人には名刺を差し出しながら「長嶋茂雄の茂雄と書いて、シゲタカと読みます」と自己紹介するのですが、昨今は、あのミスター・ジャイアンツを知らない世代が多くなりました。「そうですか、あの長嶋茂雄の茂雄……」と会話が成立すれば「忠臣蔵の大石内蔵助良雄は良雄と書いて、実はヨシタカなんです」と続けるのですが、長嶋のところで話がつまずいてしまいます。特に、この10年の変化は大きいように感じられます。大学で講義する機会が時々あります。冒頭に、ツカミを取ろうとして同じように自己紹介するのですが、左右、前後を見渡しても明らかに興味なさそうな顔ばかり。日本が抱えている問題がここにあるのではないか。こう言うと、大げさな奴だと思われるでしょう。では、その理由をお話ししましょう。
  •  「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉をご存知でしょうか。働き盛りの若い現役世代ならご存知なくて当たり前。なぜなら、昭和36年(1961年)の流行語だからです。あれから52年。昭和36年に中学生だった少年は現在、60歳の定年を過ぎています。当時のピカピカの小学1年生は数年後に定年を迎えます。つまり、巨人・大鵬・卵焼き世代はすでに引退したか、引退を迎えつつある世代と言えます。今も働き盛りの現役世代は卵焼きは好きかもしれませんが、ひと頃のような人気は野球や大相撲になく、サッカーの方に関心がありそうです。昭和36年のプロ野球のヒーローである巨人軍の長嶋茂雄、王貞治、人気横綱・大鵬を知らない人が多いのは仕方がないのかもしれません。ましてや、大石内蔵助においてをや。
  •  でも、別に長嶋茂雄や忠臣蔵を知らないことを嘆かわしく思って言っているのではありません。実は巨人、大鵬、卵焼きの時代と現在とでは、人口構造がすっかり変わってしまっていることを申し上げたいのです。巨人、大鵬、卵焼き時代はピラミッド型の人口構造でしたが、現在は逆ピラミッド型。逆ピラミッド型の現在では、長嶋茂雄を知っている層は上にいくほど多く、下にいくほど知らない層となり、やがてまったく知らないピラミッドの頂点に近づく。つまり、仕事リタイア組が圧倒的に多く、生産に携わる年齢層、やがて携わる年齢層が先細り型になっている人口構造の日本です。少子高齢化は日本が抱えている構造的な問題点というわけです。
  •  巨人、大鵬、卵焼き時代は、集団就職の時代でした。毎年春になると、九州から関西へ、東北から東京へと金の卵を乗せた列車が到着しました。時代は日本の高度経済成長期。地方からの大勢の若い力が日本の産業を支えました。ピラミッド型の人口構造が日本の成長を創り出したと言えます。ところが、現在は逆ピラミッド型の人口構成です。産業を支える構造にはなっていません。数ヵ月前に発表されたアメリカ政府の「世界潮流2030」という報告書でも、わが国の少子高齢化は大きなリスク要因である、との指摘がなされております。しかし、私たちは悲観論におちいる愚は避けなければなりません。私たちが直面しているのは、今世紀の日本が内包している避け難い現実であると認識すれば克服の道程は描けます。少子高齢化社会という前提に立てば、施策を講じることができるからです。
  •  国民1人当たり年間消費額とわが国を訪れる外国人観光客の日本国内での1人当たり消費額から、国民1人の減少は海外からのインバウンド客7人に相当するという計算があります。これほど明確な目標基準たりうるものはないでしょう。国勢調査の人口推計にある人口減少に見合うインバウンド客数を5年ごとに目標設定すれば、人口減少社会到来の現実を直視しながら目標値達成のアクションを積極的に行なうことができるからです。しかし、現実のインバウンド政策はどうでしょうか。5年前に政府は「観光立国日本」のビジョンを打ち出し観光庁を設立しましたが、インバウンド客数増加への具体的施策が目に見えて実行され、成果が出ているようには思えないのです。
  •  たとえば関西国際空港の役割について考えますと、2016年目標として国全体で年間1800万人のインバウンド客数の目標数値があるのですから、そのうち関西国際空港の役割分担は900万人だとか800万人であるというめざすべき数字が示されるべきです。大阪、京都、神戸、奈良以外にも滋賀、和歌山、鳥取と魅力ある観光地が多くある関西です。これら経営資源を組み合わせたメニューで何十万、何百万人というインバウンド呼び込み策を講じることができます。もちろん各県では観光県としての入込客増加に努めているところですが、個別の努力をすればするほど総合力の発揮には結びつきにくいというものです。その反省から日本海文化をキーワードにして、行政区域をまたがる日本海ルートの魅力を中国にアピールし好評を博している民間の取組み事例があります。国はこうした取組みを支援することからでもよいから、観光立国日本の司令塔として中枢の役割を果し、観光立国への本格的なアクションを始めてもらいたいものです。
  •  1800万人達成目標の2016年は4年後に迫っています。1800万人という数値が施策の積み上げであれば、その施策が着実に実行されていることを説明してもらいたいものです。また、1800万人という数値が観光立国日本にふさわしいものかどうか。多彩で豊富な観光資源を有し、24時間営業の関西国際空港がある関西にいるからでしょうか、少し控え目な数字にも思えます。政府は逆ピラミッド型日本の行く末を真剣に考えてほしいものです。そしてその主役には観光を置いてほしいものです

((株)柴田書店出版の『月刊ホテル旅館』に2013年3月号より掲載開始。)

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