佐藤会頭の眼~講演録
Chairman’s Eye with you

平成26年1月24日(金) 一般社団法人 近畿化学協会 平成26年新春セミナー

「魅力ある関西の文化戦略」

CIMG6697.JPG「講演を行う佐藤会頭」 次にオリンピックのお話を申しあげようと思います。2020年東京オリンピックであります。前回のオリンピックの1964年当時、私は学生でありましたが、母校の大学ボート部は、下り坂ではありましたがまだ日本ではA級の地位を維持しておりまして、オリンピック出場の可能性があり、私の青春はオリンピックだったわけです。

 ところが高度成長時代の日本でしたから、勝つということが前提だったわけですね。そこで日本漕艇協会は優秀な選手をピックアップして選抜クルーを編成すると発表したわけです。勝つためには正しいかもしれません。なんと協会は選手を関東の大学から選んだわけですね。関西にも同志社などボートが強くて優秀な選手がいるにも関わらず関東だけで選んだわけです。こんなことがアマチュアスポーツの世界で許されることかと抗議をしました。

 すると日本漕艇協会の回答は、「君のいうことはわかるが、練習環境から考えれば関東の選手で編成したほうが都合良いのだと言うわけです。」これも当然でしょうが、オリンピックを目指して各地で若者が努力しているわけですからその夢を無残に砕いても良いのか、アマチュアリズムの精神の通り公平公正にすべきではないか。」と申し入れたわけです。すると日本漕艇協会は、抗議の声に押されまして挑戦させてやると言ってきたわけです。残念ながら、選び抜かれ、猛練習に明け暮れた選抜クルーは仕上がっていて、挑戦した地方クルーはまさに打ち砕かれたわけであります。これが1964年の東京オリンピックの姿であります。

 それを思い出しましたので雑誌のコラム等で昨年書かせて頂いたわけですが、そこで私が申し上げたのは、今の日本は成熟国家になっているのにも関わらず、高度成長当時の勝つためのスポーツ、そしてまた東京が国の中心で、地方は東京に挑戦するだけの構図が1964年当時から全く変わっていないのではないか、これでは良くないということであります。

 ご承知のロンドンオリンピックはスポーツの祭典でありましたが、文化の祭典でもあったわけです。元々オリンピックはスポーツだけでなく文化事業も併催しております。これを2020年の東京五輪では見習って、成熟した先進国のオリンピックとすべきであります。

ロンドンの場合ですと、機関投資家向けのIRで私も何度か訪れたことのあるエディンバラと言う都市があります。ここはスコットランドですから、ご承知の通り、ロンドンとは異なる文化を有しております。文化イベントが盛んに行われていることで有名ですが、エディンバラを代表格として各地でスポーツ祭典の前後に文化催事が開催され、その数は12,000件にもなったとお聞きしました。今回の東京オリンピックでもこうしたいと思っております。

 来る3月1日に五輪担当の下村大臣が大阪に来られます。その折には、次回の五輪の名前は東京オリンピックだが日本オリンピックにすべきだとお伝えしたいと考えております。