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五代友厚(初代会頭)について


大阪商工会議所ビル前に、初代会頭五代友厚の銅像が建っている。
右足を半歩前に、右掌を上に一寸前へ出して、示現流の使い手がい つでも拔刀できるポーズである。
この五代の人物と業績を知る人は、今日大阪でもごく少ない。五代こそは大阪の育ての親であり、忘れがたい大阪の恩人である。
五代友厚は、天保6年12月(1836年)鹿児島に生まれ、14才の時に、 世界地図を模写して藩公に献上した才人であった。欧州留学して外 国事情にあかるいことから、明治元年外国事務局判事として大阪在勤となった。
これが大阪とかかわる第一歩であった。
五代はまもなく官を辞し、民間に投じ、大阪の退勢ばん回に努力した。
五代が自ら起こした事業、設立に関与した会社の主なものは 別記のとおりである。
東の渋沢栄一と並び称される五代が51才の若さで亡くなったこ とは、大阪にとってまことに不幸であった。遺言で大阪の土となった。墓は阿倍野斉場にある。
当時、街のおかみさん連中までが、「五代はんは大阪の恩人や」と語りついで、その死を悼んだ。
(「大阪商工会議所100年の歩み」より)

1836年(天保6年12月)

鹿児島城ヶ谷に生まれる。(名は才助 )

57年(安政4年)

藩の選抜で長崎遊学。

65年(慶応元年)

欧州視察

68年(明治元年)

明治政府へ出仕。外国事務局判事(大阪在勤)

69年(明治 2年)

官を辞す。

85年(明治18年)

逝去(51才)。阿倍野墓地に埋葬。


(五代自ら起こした事業・設立にかかわった会社の主要なもの)
明治2年 大阪通商会社・大阪貿易会社設立 金銀分析所設立

3年

大阪活版所設立(活版印刷の大阪の嚆矢) 薩摩藩より堺紡績所掛を命ぜられる。(大阪の機械紡績の嚆矢)

6年

弘成館創立(鉱山経営の統括機関)

9年

堂島米商会所開業 朝陽館創立(製藍所)

11年

大阪株式取引所創立 大阪商法会議所創立(大阪商工会議所、初代会頭) 大阪商業講習所(大阪市立大学)

14年

大阪製銅会社創立 関西貿易社創立

15年

共同運輸会社創立 神戸桟橋株式会社創立

17年

大阪商船株式会社創立 大阪堺鉄道会社創立

五代友厚の墓 (大阪市営南霊園 阿倍野墓地) 地図
五代友厚 お墓
五代友厚 お墓

五代友厚 顕彰碑(1985年、大商建立)

◎五代友厚と商工稲荷神社について
五代友厚は信仰心に厚く、大阪の商工業発展のため商工稲荷神社を建立し、我が国の商工業の発展のためにお祈願したといわれえています。

大阪商工会議所前銅像と若宮稲荷神社について(サイトリンク)


2011.12.28更新
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